朝ドラ、ちむどんどん!主人公や4兄妹のモデルは?鶴見区の料理人で実在?

朝ドラ、ちむどんどんは沖縄を舞台としたドラマで黒島結菜さん演じる
主人公、比嘉暢子(ひがのぶこ)が4兄妹に支えられながら、東京に
沖縄料理店を開く夢に向かって奮闘する姿を描いた作品です。

そうなるとこの朝ドラの原作はあるのか?
気になるところですよね。

そこで今回は主人公や4兄妹のモデルは実在するのか?
主人公は今でも鶴見区の料理人として実在するのか?

などについてまとめていきます。

朝ドラ、ちむどんどん!主人公や4兄妹のモデルは実在する?


*主人公:比嘉暢子のプロフィール

結論を最初にいうと、この朝ドラ「ちむどんどん」には原作はなく
脚本家、羽原大介(はばらだいすけ)さんのオリジナル脚本となります。

この作品を企画するにあたってまずは沖縄本土復帰50周年を記念したドラマ
という土台があり、そこから

「沖縄出身のヒロインが料理店を開く物語」
「4兄妹を軸とした家族の物語」

という骨格が決まりました。

それから実際に多くの沖縄出身の方が生活の為に横浜市鶴見区へ移り住んだ
ということを題材にしています。

ただし、このドラマの軸となる4兄妹に関してはモデルになるような文学作品があります。

それは「若草物語」「細雪」です。

若草物語

虚栄心はあるが温順で信心深い長女メグ、独立心が強く活発な次女ジョー、
心優しくはにかみやの三女ベス、無邪気でおしゃれな四女エミイ―。マーチ家の四人姉妹は、南北戦争に従軍した父の留守宅で、母を助け貧しい
ながらも誠実さと希望をもって、懸命に暮す。人間として成長していく四人姉妹の複雑で微妙な心の動きを捉えた感動作。

比嘉家も父の賢三が心臓発作で亡くなり、母の優子と4兄妹が力を合わせて生きて
いくことになります。

ちなみに比嘉家の兄妹構成が男1人、女3人になっているのは脚本家の羽原さん
の父の兄妹が男1人、女3人の兄妹だったようで、父のイメージをしながら
脚本が書けるので、そちらに設定をしたといいます。

父も比嘉家と同じく四兄妹かつ妹が三人いたんですよ。

なので賢秀のキャラクターは、父の人物像を物語の時代と舞台に
当てはめながら考えていきました。

破天荒な感じや彼にまつわるエピソードも、やんちゃな性格だった
父から着想を得ました。

賢秀は親孝行のために行動したことが、いつも裏目に出てしまう。

結果としてトラブルメーカーにはなっています。

出典:NHK ホームページ
ちむどんどん トピックス

まさに長男の賢秀、ピッタリのキャラクターとなっていますね。

細雪

戦争の足音が迫る1936年から1941年までの大阪を舞台にした、
船場で暮らす四姉妹の物語。船場の格式ある商家のしきたりと伝統に守られながら、四季折々に色めく
四姉妹の、奥ゆかしくも華麗な暮らしぶりが、淡々と描かれています。

このちむどんどんの舞台となっている沖縄は今から50年前の沖縄が
描かれています。

時代の変わり目である戦前の大阪と本土復帰を目前としたなかでの
兄妹の生き方を描いていく点に共通なものを感じることができそうです。

転校生、青柳和彦のモデル

それと4兄妹ではありませんが、重要な役として、主人公、暢子の幼馴染
として転校生の青柳和彦の存在があります。

第1話から子役で登場しています。

和彦は父親の仕事で暢子と同じ村に滞在し、比嘉家と仲良くなります。

その後暢子と再会を約束し、東京に帰っていく、という設定です。

青柳和彦に近いモデルとして、演出家の木村さんが和彦と同じ境遇
だったそうです。

木村さんは本土復帰後の1976年から、父親の転勤で那覇に住んでいました。

和彦は転校した時に「ヤマトンチュ」とはやされるそうですが、木村さんも
まったく同じことをされたそうです。

この辺りの設定は木村さんの境遇を参考にきっとドラマに取り入れたのでしょうね。

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ちむどんどんの脚本家、羽原大介(はばらだいすけ)の代表作は?

時系列に紹介すると以下の作品に関わってこられています。

映画では、

ゲロッパ!(2003年)
パッチギ!(2005年)
フラガール(2006年)
ゲゲゲの鬼太郎(2007年)
パッチギ! LOVE&PEACE(2007年)
BLEACH 死神代行篇(2018年)

ドラマでも、

明日があるさ(2001年)
黒革の手帖(2017年)
白い巨塔(2019年)

など、有名な作品の脚本を手掛けています。

ちなみに「パッチギ!」、「フラガール」
で2年連続日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞しており、他のどの作品も
面白いと幅広い層から支持されていますよ。

朝ドラの脚本を担当されるのは8年ぶり2回目です。

1度目は2014年度下期放送の「マッサン」

「マッサン」の舞台は北海道でしたが、今回「ちむどんどん」の舞台は沖縄。

真逆の地方で、どんな物語になっていくのか楽しみですね。

今回の朝ドラ、ちむどんどんの脚本をうけるにあたり

沖縄の『復帰50年』と言われた時は身構えたけど、1972年前後の沖縄を
改めて学び、取材を重ねるうちに、プレッシャーはモチベーションへと
変わりました。

いつの時代、どこにいても、人々がその環境で精いっぱい生きる姿は同じと
思えたからです。

毎朝ドラマを見て下さる皆さんが、

「今はちょっとしんどくても、コツコツやってれば明日はきっといい日になる」

そう思ってもらえる物語を、信頼するスタッフや出演者の皆さんと共に、
じたばたと紡いで行ければと思っています。

出典:映画ナタリー
2022年前期朝ドラ「ちむどんどん」ヒロインは黒島結菜、沖縄の食と4兄妹の物語

とコメントしています。

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ちむどんどんの主人公、比嘉暢子のモデルは横浜市鶴見区の
料理人として実在?

前出でも述べたようにこのドラマはオリジナルの脚本となっていますので
モデルとして実在する方はいません。

朝ドラ、ちむどんどんの後半の話は暢子が東京で沖縄料理店を開く夢に向かって
奮闘する姿が描かれます。

【主人公、比嘉暢子を演じる黒島結菜についてもっと知る】
NHK朝ドラのヒロイン、黒島結菜さんの魅力は?

主人公の暢子が上京して住む街が「横浜市鶴見区」となるのです。

実はこのことは前出にも書いた多くの沖縄県民が1960年以降にこの土地に
移住したことがベースとなっています。

その理由としては

横浜鶴見と沖縄の関係は、大正から昭和初期頃にさかのぼります。

当時の横浜市鶴見区は、臨海部の埋め立て工事が進み、
様々な企業が進出してきていました。

それらの企業の工場等で働くため、日本全国からたくさんの出稼ぎ労働者が
鶴見に集まっていました。

一方、当時の沖縄では、産業の中心だったサトウキビの凶作や砂糖価格
の暴落などにより、生活難に陥る農民らが続出。

働き口を求め、京浜工業地帯の中核である鶴見に移住する沖縄県民が増え、
以降、横浜・鶴見沖縄県人会の設立等を経て、コミュニティとして
定着していきました。

出典:「ちむどんどん」 横浜鶴見プロジェクト実行委員会ホームページ
News & Topics

現在も沖縄出身の「ウチナンチュー(沖縄の人)」が多く住む街です。

鶴見区の仲通りには「沖縄物産センター」「沖縄そば」のお店が集まり
「リトル沖縄」と呼ばれています。

沖縄そば、美味しいですよね。

私も沖縄にいった時は牧志公設市場で必ず「沖縄そば」を食しています。
鶴見にいくことがあれば必ず食べたいと思います。

現在も沖縄の食、芸能、音楽などの文化と鶴見の魅力を活かしたまちづくりの
一環として11月に

「鶴見ウチナー祭」

が開催されています。

ちなみに今年のアンバサダーは沖縄出身のお笑いタレントの川ちゃんが
務めるようです。

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まとめ

今回は朝ドラ、ちむどんどん!主人公や4兄妹のモデルは実在する?
脚本家、羽原大介(はばらだいすけ)の代表作は?
主人公の比嘉暢子が上京して住む横浜市鶴見区はどんな街?

についてまとめてみました。

舞台となっている沖縄県でも復帰50周年を記念して5月15日に記念式典が
開催の予定です。

【沖縄の50年前についてもっと知る】
ちむどんどん、沖縄の50年前が舞台に!その頃の沖縄の人の暮らしぶりは?

また7月20日(水)~9月19日(月・祝)の期間で、1972年5月15日を起点に
復帰後の歩みを振り返りつつ、次の世代に向けて自然・歴史・文化など
さまざまな視点から沖縄について考える展覧会も開催されます。

横浜市鶴見区を含めて日本全国で今年は今後の沖縄について考えていく
年になっていきそうですね。

私も琉球古武道という武道を習っていた時期があって、その頃は沖縄も
定期的に訪問していましたので、今後の沖縄にも貢献できるよう、なにか
できることを考えていきたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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