サッカー日本代表歴代監督まとめ。ワールドカップでの成績は?最強監督は誰に?

サッカーの目指す最高の地点といえばワールドカップでの優勝ですね!

日本のワールドカップの歴史において、1998年の岡田監督の時に
始めて初出場して、それから今までいろんな戦いにのぞんできました。

特にサッカーにおいても監督の戦術、選手の起用法によって、大きく
勝敗に結びついてるかと思われます。

それで今回は1998年のワールドカップ初出場以降、どんな監督が
指揮をとり、ワールドカップでの成績はどうだったのか?

また現在、アジア最終予選を戦っている日本代表の今後の展望などについて
考えていきたいと思います。

サッカー日本代表歴代監督まとめ。ワールドカップでの成績は?

就任期間 監督 出身国 FIFAワールドカップでの成績
2018年~ 森保一 日本 2022年カタール

予選2位

2018年 西野朗 日本 2018年ロシア

ベスト16

2018年

~2015年

ヴァヒド・ハリルホジッチ ボスニアヘルツェゴビナ 大会直前に解任
2015年

~2014年

ハビエル・アギーレ メキシコ
2014年

~2010年

アルベルト・ザッケローニ イタリア 2014年ブラジル

グループリーグ敗退

グループC 4位

2010年

~2007年

岡田武史 日本 2010年南アフリカ

ベスト16

2007年

~2006年

イビチャ・オシム ボスニアヘルツェゴビナ
2006年

~2002年

ジーコ ブラジル 2006年ドイツ

グループリーグ敗退

グループF 4位

2002年

~1998年

フィリップ・トルシエ フランス 2002年日韓

ベスト16

1998年

~1997年

岡田武史 日本 1998年フランス

グループリーグ敗退

グループH 4位

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サッカー日本代表歴代監督、最強の監督は誰に?戦い方の特徴

今回は1997年以降の監督でワールドカップでの成績でベスト16に
進出できた監督について詳細を述べていきます。

西野朗 2018年ロシア大会 ベスト16

西野監督は1991年の現役引退後、Jリーグの監督や日本代表の監督を
歴任しています。

年度 率いたチーム
1991~1992年 U20日本代表
1994~1996年 U23日本代表
1998~2001年 柏レイソル
2002~2011年 ガンバ大阪
2012年5月~11月 ヴィッセル神戸
2014~2015年 名古屋グランパス
2018年4月~7月 日本代表
2019年7月~ U23タイ代表

西野監督といえばすぐに思い出すのが「マイアミの奇跡」と言われる試合です。

「マイアミの奇蹟」というのは1996年のアトランタ五輪で28年ぶりに
本大会にU-23日本代表が出場を果たし、あのサッカーの強豪国ブラジル戦
で1-0勝利した試合を言います。

五輪最大の番狂わせと呼ばれ、世界サッカー史にも大きな1ページを刻み
込みましたね。

後でFIFA年間最優秀選手を獲得するロナウジーニョなどスーパースターが
揃ったブラジルの攻撃を、キーパーの守護神、川口能活がよく守りぬきました。

本当に”あっぱれ”な試合でした!

西野監督がまだ日本がW杯で1勝もしたことがない時代に、

「それほど遠い世界にいるとは思えない」

とコメントしたことは、その後の日本サッカーの将来を見据えて
いたのでしょうね!

J1リーグでの成績も見事なもので、2005年には「ガンバ大阪」を率いて
J1の優勝に導いています。

Jリーグ通算成績
270勝 91分 163敗
※勝利数歴代1位(2021年時点)

Jリーグ最優秀監督賞:2回 (2000年、2005年)

とJ1監督としての成績も申し分のないものです。

西野監督の戦い方の一つとして挙げられるのが、ワールドカップ、
ロシア大会1次リーグ最終戦でポーランドとの試合です。

この試合はポーランドに0-1で負けた試合なのですが、試合の後半、
最終の10分間、負けているにも関わらず、日本は終止ボール回しを
続けました。

これは同じ予選リーグのセネガルーコロンビア戦の結果に自らの
運命を委ねたことに、国内外でも賛否が分かれました。

コロンビアが先制したことで、日本は得失点差で1次リーグを突破
できる可能性があったのです。

それと日本はこの試合では主力のメンバーを温存する作戦をとりました。

こんなことはW杯出場6度目にして初めてのことでした。

今までの日本には強豪国が時々とるそんな戦術を初めて試みたのです。

結果、日本は決勝トーナメントに進出することができました。

西野監督は緻密な準備とスタッフの分析をもとにいろんな試合局面
を判断できる監督なのです。

岡田武史 2010年南アフリカ大会 ベスト16

岡田監督は1990年の現役引退後、Jリーグの監督、コーチや日本代表の監督を
歴任しています。

年度 率いたチーム
1993~1994年 ジェフ市原コーチ
1994~1997年 日本代表コーチ
1997~1998年 日本代表監督 *1997年以降は監督
1999~2001年 コンサドーレ札幌
2003~2006年 横浜マリノス
2008~2010年 日本代表
2012~2013年 杭州緑城
2014年~ FC今治オーナー

岡田監督といえばすぐに思い出すのが「ジョホルバルの歓喜」と言われる試合です。

1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルでサッカー日本代表が
1998年 FIFAワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選のアジア
第3代表決定戦をイラン代表と戦い、勝利を収めたことにより
FIFAワールドカップ本戦初出場を決めたサッカーの試合のことです。

日本代表史上初めてとなる大会中の監督交代劇でした。

当時は、まだクラブチームでの監督経験もなかった41歳の若き指導者が、
いきなり暫定とはいえ代表監督になるという今では考えられない事態が
起こったのです。

偉業を果たした直後は、

「これで生きて帰れる」

のコメントがでるくらい、相当な覚悟で試合に挑まれていたことが
わかりますね。

J1リーグでの成績も見事なもので、
2000年には「コンサドーレ札幌」
2003年、2004年には「横浜マリノス」

を率いて
J1の優勝に導いています。

Jリーグ通算成績
110勝 48分 61敗
(2021年時点)

Jリーグ最優秀監督賞:2回 (2003年、2004年)

とJ1監督としての成績も申し分のないものです。

「人間万事塞翁が馬」

そんな達観した哲学で、集団をまとめるのが上手い監督です。

また、若手を使うタイミングも心得ていて、世代交代を断行できる
リーダーシップは素晴らしいものです。。

プレースタイルは、「勝てる監督」というより「負けない監督」との
印象が強くなっています。

「1トップ、9バック」と揶揄された戦い方だったが、割り切って
守備的な戦術へと舵を切ることで2010年の南アフリカ大会の
予選リーグを突破することができました。

フィリップトルシエ 2002年フランス大会 ベスト16

年度 率いたチーム
1993年 コートジボワール代表
1997年 ナイジェリア代表
1998年 南アフリカ代表
1998年

~2002年

日本代表
2003年

~2004年

カタール代表
2005年 モロッコ代表

2002年日韓W杯に向けて、日本代表の強化を任されたのがフィリップ・
トルシエ監督です。

同大会で日本は2勝1分でグループリーグを1位通過して決勝トーナメント
進出という目標を達成できました。

2000年のアジアカップでも日本は優勝。同大会の国外開催時の優勝は
これが最初であり、しかも前回優勝のサウジアラビアに大勝するなど
内容的にも圧勝でした。

トルシエは単にA代表を強化しただけではなく、いわゆる「黄金世代」
を含めた若手中心でチーム作りを進め、1999年のワールドユース(U-20W杯)
で決勝進出。

2000年のシドニー五輪でもベスト8進出と、年代別大会でも好成績を残しました。

若い選手たちを生み出したのは日本人指導者の功績だが、彼らを”戦える選手”と
して鍛え上げたことこそトルシエの最大の功績だといわれています。

実際、2000年アジア大会での日本の総得点数は全6試合で21。
これは日本の得点数の最多記録です。

出場国枠が16から24に拡大され、決勝までの全7試合を戦った2019年大会でさえ、
総得点は12にとどまっているのだから、それがいかに驚異的な数であるかがわかります。

2000年アジアカップで優勝した日本代表ほど強烈なインパクトを残したチームは、
他に見当たらないといわれてます。

今で言う、縦に速いサッカー。
角度を作ってしっかりパスをつないでいく。

前にボールを運んで、全力疾走して素早い攻撃ができたといわれています。

上記、3人の実績を残した監督をご紹介してきました。

私見にはなりますが、日本代表をまずワールドカップに初出場させたこと。

それと個性のある選手をまとめて、ワールドカップのベスト16まで進出したこと。

以上の2つの理由から私は岡田武史監督を選びました。

皆さんの監督1位は誰になりますでしょうか?

今後の日本サッカーを次のレベルに進める今後の監督に期待が高まります。

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サッカー日本代表、今の監督の戦い方、展望は?

現在の日本代表の監督は森保一(はじめ)監督です。

アジア最終予選において現在、サウジアラビアに次いで、2位で折り返して
います。

森保監督が指導者を始めたのは2004年からです。

年度 率いたチーム
2004~2007年 サンフレッチェ広島 育成コーチ
2005~2007年 U-19 日本代表コーチ(サンフレッチェと兼任)
2007~2009年 サンフレッチェ広島 コーチ
2010~2011年 アルビレックス新潟 ヘッドコーチ
2012~2017年7月 サンフレッチェ広島 監督
2017年11月~2021年8月 東京五輪日本代表 監督
2018年4~7月 ロシアワールドカップ日本代表 コーチ(東京五輪監督と兼任)
2018年7月 日本代表 監督

森保監督の凄いところはチームとして「サンフレッチェ広島」に関わる
ことが多かったのですが、2012年の監督就任したその年にいきなり
J1リーグの優勝を成し遂げます。

その後翌年の2013年と2015年に再びチームを優勝に導いています。

戦術としてはスモールフットボールです。

大きなサイドチェンジやセンタリングでゴールを狙ったりするよりも
細かく繋いでゴールを狙うイメージです。

ボールを持った選手以外の動きが多く、常に360°どのコースにもショート
パスを出せるような環境があるので意外性、面白みのあるプレーを度々
みることができると思います。

ただ今回のアジア予選においてはかなりの苦戦を強いいられました。

攻撃においては森保ジャパンのバロメーターとなる敵陣でのくさびの
縦パスをマークされ、なかなか有効な攻撃に展開することができませんでした。

また全員が適切な守備のポジションをとれていないことが、守備崩壊に繋がり
それを目の当たりにしながら、何も手を打てなかった指揮官の責任は重いと
いわれています。

戦術面、選手の起用法、交代のカードの切り方において、「監督続投か?否か?」
の声まであがっています。

次回のアジアワールドカップ最終予選の日程はまだはっきりして
いませんが2022年、1/27日の中国戦の予定です。

ぜひ次回の中国との戦いに快勝して、監督続投への不安な声を一掃してほしい
ものですね。

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まとめ

今回は1998年のワールドカップ初出場以降、どんな監督が
指揮をとり、ワールドカップでの成績はどうだったのか?

また現在、アジア最終予選を戦っている日本代表の今後の展望などについて
考えていきました。

【W杯2026年についてもっと知る】
W杯2026年にむけてアジア予選の地上波中継はなくなる?人気はどうなる?

森保監督は、年内の最終予選を終え

「隙を見せればまた順位は入れ替わる。これまで通り目の前の一戦に
最善の準備をする」

とコメントを出し、7大会連続の本大会出場を見据えています。

元日本代表10番のラモス瑠偉も森保ジャパンを激励。

カズこと三浦知良と武田修宏の3人と、日本代表の森保一監督と斉藤俊秀コーチ
との集合写真をインスタにアップています。

「涙腺が爆発です」窮地の森保一監督を“超豪華”3人のレジェンドが激励!「すごく内容気になります!」

ワールドカップへの出場、大いに期待しています!

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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