坂本龍馬になりたい!混迷の今に必要とされる、幕末を駆けた英雄!龍馬の人間的魅力に迫る!

人々の記憶の中で鮮明に生き続ける男、それが坂本龍馬ですね!

土佐藩を脱藩した一介の浪人でありながら、当時、敬遠の仲だった薩摩と
長州の藩の間を奔走し、奇跡ともいえる「薩長同盟」を成立させました。

子供の頃は勉強嫌いで泣き虫の落ちこぼれだった龍馬が、どのようにして
人を動かし、時代を動かしていったのか?

また今の時代においても私を含め、多くの人を魅了するのか?その龍馬の
人間的魅力について語っていきたいと思います。

坂本龍馬とは!?

坂本龍馬とは?どんな人物だったのか?
それこそいろんな方がいろんな解釈をされているかと思います。

まず時代を動かした業績としては
・薩長同盟の実現
・大政奉還の立役者
・船中八策を作成
・日本で初のカンパニー(株式会社)を設立

などが挙げられます。

当然、こんな大きな仕事は一人で成し遂げれることではありません。

土佐藩士の仲間、勝海舟、西郷隆盛、高杉晋作など多くの仲間に
支えられたからこそ、時代の寵児になれたのだと思います。

その龍馬の魅力について考察してみたいと思います。

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龍馬の人間的魅力について

まずは

➀誰からも愛される性格

いろんなエピソードがありますが、後に名外相となる陸奥宗光は
海援隊時代は生意気で知恵ばかりが先に立ち、他の隊士からは
鼻つまみの存在だったようです。

ですが、龍馬はもちまえの包容力でそんな陸奥の性格・才能を含めて
面白がったとのことです。

また人情・友情に厚く、海兵隊士の乗った船が嵐に合い、多くの仲間が
亡くなったときに、大いに悲しみ、わざわざ五島列島に渡り、その
殉死者の墓を建てたといわれています。

龍馬はただ周囲から好かれていただけではなく、龍馬の方からも多くの
人物を好み、愛し、交流したという記録が残っています。

➁考え方が柔軟性に富んでいた

・高杉晋作から送られたという拳銃の携帯
・当時では珍しいブーツの愛用
・日本初と言われる愛妻お龍との薩摩への新婚旅行

など変化を恐れるのではなく、さまざまな変化に柔軟に対応しながら、
時代に見合った新たな価値を生み出して行くことが、龍馬のスタイル
だったようです。

➂広い視野をもっていた

幕藩体制の中で、多くの武士が自藩のことしか考えることが出来なかった
時代に、龍馬には日本人として世界に目をむけていました。

そのため、龍馬が将来を語るときには
「日本人のために」
「自由平等な」
「デモクラシー」
などの言葉が使われたといいいます。

幕藩体制が維持されていた時代に、土佐を脱藩し、新政府の入閣に
誘われたときも
「世界の海援隊でもやりますかな」
と答え、龍馬の目が世界に向いていることがわかります。

2018年3月に高知県の桂浜を訪れ、龍馬の像と一緒に写真を撮りました。

上記がその写真ですが、龍馬を評すると
いろんな欠点も多くあるが、剛毅でおおらか、図々しくも人好きで人たらし。
長期的な目標を見据えて、時に真剣に、時に気楽に物事にあたる。

そんな龍馬のファンである自分はこれからももっと龍馬のことを深く
知れば知るほど、もっと多くのことを知りたくなっています。

そんな龍馬が存在した幕末はどんな時代だったのでしょうか?

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幕末の時代背景

「幕末」のはじまりについては、一般に、1853年のペリー来航と考え
られています。

また「幕末」の終わりについては、1867年の大政奉還時、1868年の
江戸開城時、1869年の函館戦争終結時、1871年の廃藩置県実施時と
諸説があります。

このわずか20年たらずの期間が「幕末」と呼ばれる時代です。
この間、日本は文字通り国の大もとから激震が起こり、上は天皇・将軍
から下は庶民にいたるまで、激動の時代だったのです。

その中でも龍馬に関係する歴史上の出来事をみていきましょう!

1853年  ペリー来航
1859年  桜田門外の変
1863年  三条実美による8月18日の政変
1864年  池田屋事件
1864年  禁門の変
1864年  第一次長州征伐
1866年  薩長同盟
1867年  船中八策の建白書
1867年  大政奉還

黒船来航、坂本龍馬、新選組、徳川慶喜、大政奉還…など人によって
思い浮かべるイメージは様々だと思います。

今の時代も時代の転換期にあたると思います。
ぜひ幕末を人々がどう生きぬいたかをみて、今後の人生の参考に
してもらえばと感じます。

龍馬をあまり知らない方へ、お奨めの漫画

ここまでいろんなことを描いてきましたが
「龍馬のこと、あまり知らない、、、」
という方もいらっしゃると思います。

そんな方へお奨めの漫画がこれです!

そう、「お~い竜馬」なのです!

「お〜い!竜馬」は、金八先生でも知られる武田鉄矢さんが原作であり、
坂本竜馬好きとしても知られる竜馬への愛が詰まった作品となっています。

作画は「あずみ」や「がんばれ元気」などの漫画で有名な小山ゆう先生
が担当しています。
少年ビッグコミックで1986年から連載され1996年まで十年間連載
された名作となっています。

「おーい!竜馬」は幼少期から竜馬が暗殺されるまでのストーリーを
漫画として楽しめるようにコミカルに、時にシリアスに描いています。

竜馬の他にも様々な歴史上の人物が登場していて、幕末の流れがわかる
歴史教育にも適した漫画と言われています。

読んでいて感じたのは、江戸幕府という時代にそぐわなくなった体制を
ぶち破って一旗あげてやろう、日本を変えてやろうという野心むき出しの
若き志士たちを非常に表情豊かに、ときにコミカルに描き、歴史上の人物
たちをぐっと自分たちに近い存在にしています。

そのため感情移入しやすく彼らの熱い思いや感動が伝わってくる内容と
なっています。

特に13巻で描かれている同士の望月亀弥太、北添佶摩が池田屋事件で
殉死して、その亡骸を寺の隅に埋めるシーンがあるのですが、ここは
いつ読んでも泣けてくる内容で、龍馬の友情の厚さが特に描かれた
ところかと感じます。

誇張した部分や想像的な部分が織り交ぜてはありますが、そこはそれとして、
歴史というのは史実が全てではないという事で、それも踏まえたうえで、
楽しむことが出来る作品となっています

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まとめ

坂本龍馬と「お~い竜馬」の漢字が違うことにお気づきでしたでしょうか?

坂本龍馬の「龍」と「竜」の文字表記について。どちらが正しいのでしょうか?

坂本龍馬記念館ホームページのQ&Aの回答によると、龍馬自身は「竜」の字は
一度も使ったことがありませんので、記念館では「竜馬」という表記は絶対
しないようにしているとのことです。

では、どこからこの「竜馬」が出てきたのか?ということですが、
「竜馬がゆく」を書いた司馬遼太郎が対談のなかで言っているのは
「僕は学者じゃなくて小説家だろ。この小説は僕の竜馬だし、自由な竜馬を
書くんや」
ということなんです。

つまり司馬遼太郎がつくり上げた「坂本竜馬」であるということなのです。

これからあなたはどんな「竜馬」に出会えるでしょうか?

あなたなりの「坂本竜馬」をつくりあげて頂きたいと希望いたします!

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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